遠心圧縮機における複雑内部流動
サブテーマ
■超音速流れと亜音速流れが混在する遷音速翼列流れ場における三次元渦流れ現象
■大規模数値解析と知的可視化【Best Paper Award in the 11th International Conference on Compressors and their Systems, Sept., 2019.】
■子午面粘性流動解析に基づく翼列流れの逆問題解法による三次元空力設計
■高負荷形および低比速度形遠心圧縮機の高性能化
ターボ機械について
ターボ機械(ターボ型流体機械)とは,翼表面の圧力を通じて機械的仕事と流体力学的エネルギーの授受を行う機械を指し,大きく軸流型・斜流型・遠心型の3通りに分けられます.(正確には横流型を加えた4通りですがここでは説明を省きます) 遠心型は流体が回転軸に垂直な面上を旋回して流入し,円周方向に出ていくものを指します.そのため,空間的な制約のため小型化が要求される一方で,高圧が必要とされる車両用ターボチャージャー等(図1)では主に遠心型が用いられています.本研究グループでは,このような特徴を持つ遠心型ターボ機械を対象として,企業との共同研究を行っています.軸流型では羽根車の回転を介して流体に運動エネルギーが与えられますが,遠心型ではこれに「インペラに伴う遠心力による圧力上昇」が付け加わります.そのため,遠心型ターボ機械は,軸流型に比べ多段化は困難であるものの(多段化により周方向に半径が広がるため),1段当たりの圧力比が高い特徴を有します.
図1 車両用ターボチャージャー |
画像参照元
MinebeaMitsumi_HP
研究目的
現在,遠心型ターボ機械は様々な分野で使用され,その用途も拡大の一途を辿っています.特に,昨今では小型化・高圧化・高速化といった性能の向上が強く要求されており,わずかな性能向上が経済的に重要な意味を持つようになってきていると言えます.
図2 遠心圧縮機の圧力流量特性(Emmons,et al(1955)) |
設計点以外で作動する時には,その内部流れは設計状態における流れとは異なったものになります.特に流量が設計流量よりも小さい場合には羽前縁からはく離が生じ,非定常現象を伴うなど設計点での流れとは全く異なった流れになります.遠心圧縮機においては,運転範囲のほぼ全域が使用されるため,遠心圧縮機のワイドレンジ・高効率化にははく離流れや,流量の急激な変化・急始動・急停止など,運転の状況が急変する場合の内部流れを把握することが重要です. このような理由から,ターボ機械の性能予測においては実験だけでなく,数値シミュレーションが有効な手段として用いられるようになっています.数値シミュレーション(CFD解析)では,実験で捉えることが難しい流体の流れ構造(渦構造や,衝撃波など)を可視化することで,どこでどのような現象が生じているかを理解することができます.また,実験とは異なり初期条件や種々の条件の変更が容易なため,あらゆる条件を試すことができるので,製品の開発段階におけるシミュレートが可能となります.
超音速流れと亜音速流れが混在する遷音速翼列流れ場における三次元渦流れ現象
性能向上の要求に伴い小型遠心圧縮機であっても入口マッハ数は1.0に達し一部超音速の流れになります.このように超音速流れと亜音速流れが混在する遷音速流れ場において,衝撃波と各種流動現象が干渉することで複雑な流れ場となります.また,オープン型羽根車の場合は漏れ流れとの干渉によりさらに複雑な流れ場となります.このような流れ場の流動現象を捉えるために本研究グループでは,三次元非定常DES(空間平均・時間平均複合ナビエストークス方程式)解析や三次元定常RANS(レイノルズ平均ナビエストークス方程式)解析による内部流動解析を行っています.
図3 三次元渦構造とマッハ数分布 |
大規模数値解析と知的可視化
ここで過去の研究事例を紹介します.
本研究ではベーンレスディフューザ付き遠心圧縮機について,企業との共同研究により解析を行いました.実験は企業が行い,本研究室では大規模数値シミュレーション(CFD)を行い三次元の流動解析を行いました.数値解析では右図のようにフルブレード間1ピッチ当たり約400万点の計算格子を作成し,スーパーコンピュータを用いた大規模な三次元定常RANS(レイノルズ平均ナビエストークス方程式)計算を行いました.また,得られた計算結果に対してCritical point理論に基づく渦コア同定を行うとともに,LIC法(Line Integral Convention Method)による限界流線の可視化,その他,流体の損失を示すエントロピー関数やマッハ数分布等の算出を行います.このように,流体力学的に意味ある情報を抽出することで,全体の流動現象を把握するための流れ場の知的可視化を行いました.
図4 計算格子 |
図5は三次元渦構造とエントロピー関数分布,図6は図5の赤点線部の拡大部でフルブレード負圧面の限界流線と三次元渦構造を示しています.
図5 三次元渦構造とエントロピー関数分布 | 図6 三次元渦構造と限界流線 |
エネルギー高損失域がケーシング面付近(流路上部)に集積していることが見て取れます.これは遠心力およびに遠心羽根車の流路の曲率による影響を受けているためです.また,前縁付近の限界流線に着目すると,はく離線と付着線が確認され,流体が翼に沿って流れず圧縮機の性能の低下が生じていると考えられます.
高負荷および低比速度遠心圧縮機の高性能化
遠心圧縮機はプラント、航空機エンジン、自動車用・舶用過給機から冷凍機器、空調機器等その用途は多岐に渡り、様々な作動流体、圧力条件下で用いられています。その為、レイノルズ数の様な流れ場に大きく影響を与える無次元数に対しても、遠心圧縮機が設計される範囲は10,000~1,000,000オーダという様に非常に広く、その流れ場の特徴も様々です。それ故、諸々の条件下での遠心圧縮機の内部流れ場に関する知見は高性能化を行う上で必要不可欠です。
ホンダジェット搭載エンジン (GE HF120) | 産業用多段遠心圧縮機 | 各レイノルズ数における円柱周りの流れ場の変化 |
遠心圧縮機は軸流圧縮機に比べて一段辺りの圧力比が高く安定運転範囲が広いという長所がある反面、多段化が構造の複雑化、巨大化の為に困難であるという短所があります。その為、単段あたりの圧力比を上昇させる事は省スペース化や省資源化という面に大きく影響してきます。しかし高圧力比化に伴い逆圧力勾配(流路流れ方向に対して圧力上昇量)が大きくなり、剥離や失速といった空力的にはさけるべき現象が起き易く、流れ場の制御が非常に困難となります。弊研究室では企業との共同研究を行い、企業側から提供された形状データに対して大規模数値解析及び知的可視化を行い高圧力比下での流れ場の知見の収集し、その後その知見を活かし逆問題解法による三次元空力設計(ページ下部参照)を行い、圧力比の上昇、及び高効率化を実現することができました。
高圧力比型遠心圧縮機概観 | 高圧力比型遠心圧縮機内部流れ場概観 |
参考文献
伊藤流石,岡田伸,川上祐輝,古川雅人,山田和豊,2018,“子午面流動解析に基づく逆解法を用いた遷音速遠心圧縮機羽根車の二次流れ抑制,”第46回日本ガスタービン学会定期講演会(鹿児島),2018年10月.
緒言でも述べたように昨今では様々な場面で遠心圧縮機が使用される事が非常に多く、空気以外の作動流体を用いる事も多くなっています。作動流体に密度が大きい流体を用いる場合、同じ質量流量でも体積流量が小さくなるため(詳細は下部に記載)今回の様な低比速度型遠心圧縮機が用いられます。比速度nsとは流体機械の特性を表す無次元数であり、以下の式で定義されます。
また下図に示す様に比速度によって子午面形状、及び効率がある程度定まるため比速度は非常に重要な無次元数です。低比速度型遠心圧縮機では下図に示す様に子午面形状が細長く、流路が長いことから壁面摩擦による損失やディフューザでの失速が問題となることが多いことが知られています。弊研究室では昨年(2019年)から初めて低比速度型遠心圧縮機の解析、及び設計を企業との共同研究で行うということもあって様々な知見を得ることができたので、今年(2020年)からは遺伝的アルゴリズムと逆問題解法による三次元空力設計を併用し低比速度型遠心圧縮機の高性能化を目指していきます。
比速度と子午面形状・効率の関係 |
また上図に示す様に比速度によって子午面形状,及び効率がある程度定まるため比速度は非常に重要な無次元数です.低比速度型遠心圧縮機では上図に示す様に子午面形状が細長く,流路が長いことから壁面摩擦による損失やディフューザでの失速が問題となることが多いことが知られています.弊研究室では昨年(2019年)から初めて低比速度型遠心圧縮機の解析,及び設計を企業との共同研究で行うということもあって様々な知見を得ることができたので,今年(2020年)からは遺伝的アルゴリズムと逆問題解法による三次元空力設計を併用し低比速度型遠心圧縮機の高性能化を目指していきます.
子午面粘性流動解析に基づく翼列流れの逆問題解法による三次元空力設計
昨今,ターボ機械は加工技術の発展に伴い,更なる高性能化を実現するため複雑な三次元形状を有する翼が開発されています.弊研究室では子午面粘性流動解析に基づく翼列流れの逆問題解法による三次元空力設計を遠心圧縮機に適用し,高圧力化,高効率化や作動範囲拡大など社会的に必要とされている高性能化を実現するべく研究を行っています.本解析手法は粘性効果を導入しながらも子午面上の軸対称問題を解く手法であるため,三次元の粘性解析と比べて計算時間および計算負荷が少ないという長所があり,更に翼負荷を与え,翼設計を行う為,任意の流れ場を再現するような翼形状を生成することができます.
また遺伝的アルゴリズム[Genetic Algorithm :GA]と本設計解析手法を組み合わせることでより効率的な設計も行っています.
本研究室で開発された『三次元空力設計手法』は,翼力を考慮した子午面粘性流れ解析(軸対称RANS解析*Eq.1参照)過程および三次元逆解法翼設計過程から構成されます.本三次元空力設計手法の特徴は,動翼への流入速度分布および翼負荷分布を容易に考慮可能な設計法であるということです.Fig.1に三次元空力設計のフローチャートを示します.
Fig.1 弊研究室の空力設計のフローチャート | Fig.2 一般的な空力設計のフローチャート |
Fig.1に示すように,翼力を考慮した子午面粘性流れ解析過程および三次元逆解法翼設計過程から成る工程を翼形状が収束するまで行うことにより,流れ場に適合した翼型をFig.2に示すような一般的なそれよりも容易に抽出することができます.
Eq.1 軸対称RANS方程式 |
それでは以下に各過程の特徴について述べます.
翼力を考慮した子午面流れ解析過程では,三次元逆解法翼設計過程における入力値である動翼入口の非一様な速度分布を算出します.本解析は粘性解析であるので,三次元逆解法翼設計過程において考慮することができなかった端面境界層や流れのはく離などの影響を考慮した非一様な速度分布を算出することができます.本解析は動翼列近傍の流れが軸対称であると仮定した子午面解析です.翼作用は体積力として考慮することで,周方向に平均化された基礎方程式系の外力項に加えられます.また,非粘性の翼作用である翼間の圧力差を翼力としてモデル化しています.また本解析は,子午面解析であることから計算負荷が非常に軽く,設計問題に非常に有用です.また本三次元空力設計手法の特徴として,子午面流れ解析用の解析格子を設計工程ごとに再作成する必要がないというものがあります.これは三次元逆解法翼設計過程において,翼の子午面における前縁および後縁ラインは不変という拘束条件があるためです.このことからも本三次元空力設計手法は流れ場の情報を設計に素早く取り込むことが可能な空力設計手法であることが言えます.
翼力は,非粘性の翼作用である翼の正圧面と負圧面の静圧差のみを含むと仮定しています.非粘性の周方向運動方程式と連続の式より次式が導かれます.
Δp : 翼の正圧面と負圧面の静圧差
Kb : 翼による周方向ブロッケージ係数
N : 翼枚数
ρ : 流体の密度
Cm : 絶対速度の子午面方向成分
Cθ : 絶対速度の周方向成分
m : 子午面流線に沿った距離
r : 半径方向距離
上式の右辺の物理量は全て周方向平均値で表しています.翼間の静圧差Δpより,翼力の周方向成分Fθは次式のように導出される.
設計問題において,翼負荷であるrCθは設計条件から与えられます.また,翼力が翼キャンバ線に垂直に作用すると仮定すると,翼力の軸方向成分Fzおよび翼力の半径方向成分Frは次式のように表されます.
nz : キャンバ面単位法線ベクトルの軸方向成分
nr : キャンバ面単位法線ベクトルの半径方向成分
nθ : キャンバ面単位法線ベクトルの周方向成分
この手法では,子午面上で翼領域として定義した区域において,子午面距離mをY座標,周方向距離rθをX座標とする二次元翼素をスパン方向に数個から数十個生成し,それらをスタッキングして三次元形状を得ます.図2.3に相対流れと絶対流れ,相対流れ角の関係を示します.各二次元翼素の形状は,翼間の流れが相対流れに沿うと仮定し,各コード座標における相対流れ角βの分布をEq.2で計算することによって決定します.絶対速度の子午面方向成分Cmは子午面流れ解析結果を使用します.絶対速度の周方向成分Cθは,設計条件として規定するスパン方向翼負荷分布およびコード方向翼負荷分布からEq.3のように求められます.また,本研究における遷音速遠心圧縮機羽根車の設計に関する主な設計パラメータは,翼負荷分布,子午面速度分布,スタッキング条件です.
Eq.2 相対流れ角βの算出式 | Eq.3 絶対速度の周方向速度の算出式 |
Fig.3 速度三角形 |
wm : 翼キャンバ位置における子午面相対速度
wθ : 相対速度の周方向成分
ω : 角速度
適用事例
本研究は企業との共同研究により行い,企業側から提供して頂いた形状データ(以下originalと呼称する)を解析し弊研究室の設計手法で高性能化を行った事例です.以下にoriginal翼の解析結果をしまします.
1ピッチ定常RANS解析,及び知的可視化結果 |
上図のように遠心圧縮機では子午面流線による曲率やコリオリ力,遠心力によって流路内に複雑な二次流れが生じ,多くの損失が発生することが知られています.そこで,本研究では翼負荷を調整することで二次流れを抑制することを目的に以下の設計コンセプトを導入しました.
1. 翼負荷分布のピーク位置を制御,羽根部の束縛渦の渦糸を曲げる
2. 束縛渦による誘起速度を負圧面側二次流れの半径方向速度と逆向きに発生させる.
この設計コンセプトにより理論上では下図の様に,それぞれ二次流れが抑制,助長されることが分かります.
二次流れ抑制コンセプトイメージ図 |
以上の様な流れ場を再現する為,下図の様な翼負荷を与え,翼設計を行いました.
Blade load distribution of original full blade and splitter blade |
Blade load distribution of designed full blade and splitter blade |
また以下にoriginal翼と設計翼の1ピッチ定常RANS解析,及び知的可視化結果を示します.
Flow field of original blade | Flow field of designed blade |
上図において設計翼で二次流れ渦及び翼端漏れ渦の渦崩壊が消滅したことが確認できました.またフルブレード負圧面側でエントロピー上昇の抑制を確認しました.
Original full blade(suction surface) | Designed full blade(suction surface) |
Original full blade(suction surface) | Designed full blade(suction surface) |
上図から負圧面側では二次流れが抑制され,損失が減少したことが確認でき,正圧面側では二次流れが助長され損失が増大していることが確認されました.この様に与えた翼負荷に応じた流れ場の再現に成功し,また下表に示す様に高性能化を実現することができました..
設計翼性能上昇量 |
参考文献
伊藤流石,岡田伸,川上祐輝,古川雅人,山田和豊2018,“子午面流動解析に基づく逆解法を用いた遷音速遠心圧縮機羽根車の二次流れ抑制”第46回日本ガスタービン学会定期講演会(鹿児島),2018年10月.
本研究は企業との共同研究により行い,企業側から提供して頂いた形状データ(以下conventional designと呼称する)を解析し弊研究室の設計手法で高性能化を行った事例です.
翼面限界流線及びエントロピー関数 | Designed full blade(suction surface) |
まずconventional designについて1ピッチ定常RANS解析を行いました.またその計算結果に対して知的可視化を行うと上図のように前縁剥離渦と翼端漏れ渦の干渉により前縁tip側において翼端漏れ渦が大きく成長しており,その結果tip側で多くの損失が発生していることが確認されました.そこで以下の様な設計コンセプトを導入し翼設計を行いました.
1. 前縁剥離を抑制するために前縁負荷を減らしインシデンスを改善する.
2. 前縁tip側での正圧面,負圧面の圧力差を減らし翼端漏れ渦を抑制する.
この2つの設計コンセプトを実現する為に以下のような翼負荷を与えました
*設計翼をdesign1と呼称する
(a) conventional design | (b) design 1 |
(a) conventional design | (b) design 1 |
以上に示した翼負荷を与え,下図の様な翼形状を生成することができました.
(a) conventional design | (b) design 1 |
この設計翼に関して1ピッチ定常RANS解析と知的可視を行った図を以下に示します.
(a) conventional design | (b) conventional design |
(a) design 1 | (b) design 1 |
上図のエントロピー関数表示からは2者の違いは大きく確認することができませんが,負圧面上の限界流線を確認するとdesign1では前縁剥離が縮小し,その結果,前縁付近での流領域が縮小し,更に前縁剥離渦の縮小も確認できました.また前縁tip側での翼負荷を減少させたことで翼端漏れ渦の発生位置を下流側に押し下げることができ,前縁剥離渦と翼端漏れ渦の干渉を抑制することができました.この結果,設計点においての全圧比の上昇と全圧効率の上昇を実現することが出来ました.
(a) Total pressure ratio | (b) Adiabatic efficiency |
参考文献
Manabe,K.,Takano,S.,Furukawa,M.,Ito,S.,Furukawa,M.,Tomita,I.Hayashi,Y.,Oka,N.“Control of Leading Edge Separation and Tip Leakage Vortices in a Transonic Centrifugal Compressor Impeller Using an Inverse Design Method Based on Meridional Viscous Flow Analysis” ,International Gas Turbine Congress(IGTC) 2019 Tokyo,November 17-22,2019.